JASCON@jackjas41です*
今回はテーマはタイトル通り。
「あなたの推しはなんですか?」
いまこの記事を読んでくださっている方々の中でパッと「私の推しは〇〇です!!!」って答えられる方います?
おーいGoogle先生に聞いてみたところ、推しのいる人の割合は2人に1人の割合だそうな。
男性よりも女性の方が推しがいる人の割合が多いんだそうな。
へぇ~~~。
実は昨夜放送されていた「上田と女が吠える夜」という番組をたまたま目にしまして。。。
「推し」について特集していたのがこの記事のキッカケ。
この番組でいうところ個人的にMEGUMIさんは好きなのですが昨夜は出演されておらずwW
MEGUMIさんが推しかというとお金をつぎ込んだり、SNSを漁ったりすることはなくたまに見ると良いよな~と思う程度。
ふと考える。私の推しは?
「推し」とは
「推し」とは『他の人にすすめること。 また俗に、人にすすめたいほど気に入っている人や物』とのこと。 もともとは「推薦する」という意味の「推す」であり、「推し(ている)」という現在進行形表現になったのではないかと考えられます。
なぜ人は推しを作るのか?
「推す」は「与える愛」であり、人々は、 孤立から逃れ、より人生を豊かにするため、 幸せを得るために「推し」をつくる。 そして、 ファンは家族や友人でもない関係の「推し」 を愛するために、日常生活の中に「推し」を 溶け込ませ、「愛」を与えているのだ。
現代人はやはり心のどこかで孤独を抱えているのだろうか。孤独や孤立から逃れるようにSNSで「いいね」を求める。承認欲求を満たす。誰かに認められることで人生が豊かになる。ふむふむ。確かに人間は社会の中で誰もが何かに所属して生きている。どこにも所属していない人はほとんどいないだろう。所属することで互いの存在意義を認め合い、支え合い、分かち合う。このコロナ禍でコロナに罹患した際、約2週間の隔離生活を経験した。隔離中は社会と断絶されたようで普段仕事が嫌いな私が仕事があることの価値・幸せを確認したのだ。やはり人間は一人では生きられない生き物なのだろう。だから無償の愛を推しに捧げているのだ。なんかかなーり哲学的ですね。。。
私の推し
そんな小難しいことばっかり考えていると頭が腐るので私の推しについて考えました。強烈な推しはありません。好きなものは革ジャン、腕時計、ブーツ、革靴、ゲーム、アウトドア全般、、、いろいろある。だけど今は猛烈にこれだけはないと生きていけないなんてものは無い気がする。気が付いてないだけなのかもしれないけども。
強いていうのであれば
「旅行」だろうか。いつも新しい場所へ出かけた時はドキドキが止まらない。
これは「行為」であるが行為自体も「推し」に含まれるのだろうか。
そもそも「推し」って人に薦めたいと思うものなんだろう?
俺は人になにかをすすめるって身内でもほとんどしないからなぁ。
個人の勝手だから。好きなものは。
まとめ
だからなんだって話になりましたが…
「推し」がいることで人生が豊かになるのならそれは素晴らしいことだと思います。
さらには推しにお金をつぎ込むことによって国の経済効果は計り知れないものだろう。
イタイこともあるのかもしれないが日本が、世の中が推しによって明るく楽しいものになってくれることを願うばかりだ
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推しについての本も出ているみたいなので読んでみるとしよう。
では、また今度。
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